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※本記事は、2024年3月に開催された社員向けの新ロゴの発表会で語られた内容を再編集したものです。
2024年4月23日、株式会社ヘラルボニーのロゴが生まれ変わりました。
80億の異彩がありのままに存在する社会へ。ヘラルボニーは、生まれ変わったロゴとともに、世界に向けて、さらに大きな挑戦のために新たな船出へと乗り出します。
創業から親しまれてきた従来のロゴには、役割に応じた2種類が存在していました。カタカナで力強く記されたコーポレートロゴと、馬のようなシルエットと英字で構成された「HERALBONY」のブランドロゴです。
これら2つのロゴをひとつの世界観に統一するというリブランディングプロジェクトが始まったのは今から1年前。新たなヘラルボニーの顔となるロゴを生み出してくださったのは、good design company代表、クリエイティブディレクターの水野学さん。
水野さんは、中川政七商店や茅乃舎、くまモン、パナソニック、三井不動産のブランディングや国立新美術館「ゴッホ展」、森美術館「ル・コルビュジエ展」のアートディレクションまで、幅広くわたしたちの日常とも接点のある多数のデザインを手掛けられてきました。
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ヘラルボニーの新しいロゴとロゴマーク
「堂々としていて、本物であること」
これからのヘラルボニーに必要なことについて、そう表現された水野さんが新たなロゴに込めた意味とは。そして100年続く文化企業へと歩みだしたヘラルボニーが目指す世界とは。これからの道しるべとも言えるロゴが生まれた過程や想いを水野学さんとヘラルボニー共同代表の松田崇弥・文登が語ります。
フランス・パリへ、そして100年後に「文化」に
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崇弥:ヘラルボニーって”いいコト”をしているとよく言われますよね。しかし、創業5年を迎えて、さらに10年、50年、そして100年とヘラルボニーの歴史が続き、「文化」となるためには、”いいモノ”をつくるということが今以上に重要だと思っています。
想像していただきたいんです。クリスマスプレゼントを選ぶ時に、大きい路面店を構えるようなブランドと並んで、ヘラルボニーを買おうかどうか迷っている人を。そんなリアルな生活における選択肢に、ヘラルボニーが入っているかが重要だと思っています。この景色が現実になったならば、私たちの母や兄貴、障害福祉の関係者へ本当にポジティブなニュースを届けられる会社になったと言えるのではないでしょうか。
だからこそ、私たちヘラルボニーは一刻も早く「障害のある人のアートを」という評価から抜け出し「障害福祉の常識を変えて、新しい文化を生み出していくリーディングカンパニー」へと歩みを進めていかなければなりません。売上が100倍になれば、社会が100倍良くなると確信できる。そんな企業として、モノを売るだけではなく「思想」を届けられる会社になるのです。
そして、今年はフランス・パリへの海外展開を見据えています。海外展開へ踏み出すこのタイミングで、カタカナのヘラルボニーと、アルファベットのHERALBONYを統一した、強力なメッセージを発するロゴが求められていると考えていました。
文登:生半可な気持ちではなく、本気で「異彩」を世界に届けていく。ヘラルボニーが持つその覚悟を表明するためにも、水野さんにロゴをお願いしました。100年続く文化企業としてふさわしい世界観をヘラルボニーで共有し、これからどこを目指していくのか道しるべとなる素晴らしいロゴを作っていただきました。
崇弥:2018年、私たち双子は人生をかけて「自閉症の兄が幸せになる社会」を実現したいとヘラルボニーを発足しました。そして月日は流れ、多くの支えてくれる方々に恵まれた今、人生をかけて「知的障害がある人と、その周りが幸せになる社会」の実現へ挑んでいきたいと心の底から感じています。そのためには、ヘラルボニーは、世界に挑むブランド企業であると同時に、障害福祉に対する差別やネガティブな空気感の中に、”美しい”、”素敵”という新しい文化を作っていく運動体であるべきだと思っています。
0.1秒のような一瞬でも伝わるかっこいい“モノ”をつくる。そんな姿勢を、これから発表する水野さんのロゴを背負いながら徹底的に貫いていきたいです。
「これ知ってる?」「なんかいいよね」と言われる存在
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水野:現在、世界規模で様々な考え方がアップデートされていますよね。SNSの普及もあいまって、一人ひとりの声や行動が世界を大きく変えています。そんな世界の常識を変えていける組織の一つが、ヘラルボニーだと僕は感じていました。
皆さんもご存知のように、ヘラルボニーには現在カタカナと英字の2つのロゴがあります。どちらのロゴも、今までいろんな思いを背負ってきた素晴らしいロゴだと思っています。さらにヘラルボニーという会社をさらに良くするために考えたのは「これまでのヘラルボニーのアクションをより加速するような、社会にもっと影響を与えていくロゴとはどんなものか」ということでした。
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カタカナのコーポレートロゴ(左)と英字のブランドロゴ(右)
現在のヘラルボニーのロゴを見て、僕らは、「明るさ」や「軽やかさ」、「エネルギッシュさ」、「変革」や「挑戦」といった力強さを感じました。そしてもちろん「アート」も。
松田さんたちお二人から今後の展望や実現したい世界の話を聞いて、これからのヘラルボニーが説明されるとしたら、どんな言葉が良いのかを客観視して考えてみました。そこで浮かんだのが「かっこいいよね。」とか「憧れる。」「これ知ってる?」、「なんかいいよね。」いう言葉でした。
ヘラルボニーを知らない人にとっても、特別な背景を知らなくても、フラットな目で見ても『かっこいい!』と感じられるブランドを目指すのはどうだろうかと思いました。
書体を考えながらたどり着いた場所
水野:少しマニアックなんですが。ロゴをつくる過程で、書体にまつわる議論がありましたよね。「セリフ書体」と「サンセリフ書体」の話です。
書体の飾りのことを“セリフ”と呼ぶのですが、セリフがついているから「セリフ書体」。一方で、セリフがついていない書体を 「サンセリフ書体」といいます。「サン」とはフランス語で「〜がない」という意味なので「セリフがない書体」という意味です。セリフ体は、例外もありますが主に伝統的なブランドで使われることが多く、サンセリフ書体は現代的なブランドやテクノロジー関連企業などで用いられる傾向があります。
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実際に提案いただいた資料の1ページ
では、ヘラルボニーはどちらでしょうか。おそらくいろいろな意見があるかと思います。どっちもあり得ると思うんです。僕は考えていくうちに、もっと『アート』を意識してもいいんじゃないかなと、思い始めました。
ヘラルボニーは、「現代アート」の手法を用いた「アート」
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水野:少しだけアートの歴史をダイジェストで。もともとアートとは、機能を持った存在でした。
まだ写真のなかった時代、ハプスブルク家のマルガリータの肖像画は現代の『見合い写真』にあたるものでした。ただ描きたいから描いたのではなく、明確な機能を持って描かれていたのです。つまり、いわゆる『アート』の多くは美術館に飾られることが目的ではなく、実用的な目的があって作られたものなのです。花の絵や宗教画を思い浮かべてみてください。なんとなく機能を持っているとわかりますよね。
転換期になったのは1766年。世界で最も規模の大きい競売会社であるクリスティーズがイギリスの首都ロンドンに設立されました。ここからもともと機能を持っていた『アート』が、歴史的な価値や希少性のある骨董品として投機や売買をされることで、別の価値を持ち始めます。
さらに1800年ごろ、アートは骨董としての価値から近代美術に変わっていきました。当初は批判されたモネの印象派や、いろんな角度から見た形を同時に描く技法を編み出したピカソのキュビズムなど、そういった発明に対して評価がなされるようになりました。そして、既製品にサインした『レディ・メイド』を提案したマルセル・デュシャンや、大量印刷でアートを大衆化したウォーホルらが現代アートを方向づけました。
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実際に提案いただいた資料の1ページ
このようなアートの歴史をふまえて見たときに、ヘラルボニーの『作品』はアーティスト一人ひとりの魅力があり、「現代アート」的だと感じました。目的のために生まれたのではなく、作家の衝動から生まれたアートを、ヘラルボニーの皆さんがキャッチアップして、プロダクトやプロジェクトにしていく活動自体が『現代アート』の発明に近いんじゃないかと思ったんです。
一方で、ヘラルボニーのビジネスモデルは、障害のある人が収入を得て、世の中の仕組みを大きく変えていくという意味で、明確な目的から生まれた『アート』だとも感じるわけですね。ヘラルボニーは、発明としての『現代アート』であり、機能を持った『アート』でもある。つまりヘラルボニーとは、『現代アート』の手法を用いた『アート』だと思いました。はい、すごく難しいところに入ってきました(笑)。
必要なのは、「堂々として、本物であること」
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good desigh companyの壁一面に貼られたロゴ候補。写真に写るのはごく一部
水野:文字を打って、どんどん出力して、実際目で見て、どれがいいんだろうかと悩みました。数ある書体を見比べて、ヘラルボニーのロゴに必要なのは「堂々として、本物であること」だと思いました。
利便性というよりは、多くの注目を集める今のヘラルボニーには、堂々として本物であるっていうことが大事なんじゃないかなと。そして「現代アート」以前の「アート」であるのなら、歴史的なセリフ体がいいんじゃないかと。そして生まれたのが、この書体です。
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ヘラルボニーのためにつくりあげたオリジナルのデザインですが、さまざまな書体を研究し、参考にしています。その一つに「Garamond(ギャラモン)」という書体があります。これはルーブル美術館のレター(文字)でもあるのです。ルーブル美術館はフランス革命直後に開館した、世界で初めての美術館の一つ。そんな歴史も含めて、ヘラルボニーのレターとして参考にすべきだと思いました。
岩手で生まれた3兄弟の想いが世界へ
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水野:そして、文字のロゴだけでなく、衣類のタグなど小さな場所にワンポイントで使うマークも必要だと考えました。どんな場所、どんなサイズで入ってもわかりやすく、かといって、単なる記号ではない。想いのこもった、洗練されたマークにしたい。そう思いました。そこでまずはHERALBONYの「H」と「B」でいろいろな組み合わせを検証しました。
みんなで手書きでいくつもアイディアを出していき、方向性を決めていきました。これも悪くない。むしろいい。よりクラシックにした方がいいんじゃないか、より使いやすくした方がいいんじゃないかと、さまざまなアイディアから、「H」と「B」を丸で囲んだマークが生まれました。
作りながら、丸にはいろんな意味が込められるとも思いました。さらに、アルファベットのOではなく、図形の「◯」としても捉えられますよね。みんなで社会を変えていく「輪」であり、和らぐ、和むという意味の「和」であり、地球や円相(禅の書画のひとつ、世界では世界を表わす)としての円、「◯」でもある。
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ここで意味を整理します。代表お二人の兄弟の愛にはさまれて、アイデアで、岩手から異彩を放って、そして未来を切り開いて世界を変える。こじつけと言われればそうなんですけど、想いとしては良い表現ができてるんじゃないかなと感じています。
新しい象徴とともに、世界へと進んでいくこれからのヘラルボニー
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崇弥:素晴らしいロゴを授けてくださってありがとうございます。心から嬉しく思っています。ひとつお伺いしたいのですが、世界を代表するクリエイティブディレクターである水野さんが、多くの依頼がある中でなぜヘラルボニーを引き受けてくださったのでしょうか。
水野:実は、以前から注目していたんです。きっと皆さん、苦しいことももちろんあると思うんですけど、楽しくワイワイとやってらっしゃるんだろうなと思って。いいなぁと。僕自身は、自分で良い作品を作りたいとか、何か有名になりたいとかっていう欲が、あんまりないんですよ。裏方が好きで、表に出てたくさんお金を得るということにあまり興味がない。だから、ヘラルボニーが、自分たちがいいと思うことをして、その動きが運動体として周囲とつながっていく姿は、まさに僕が羨ましいと思うことだったんです。だから尊敬もしていますし、業態は違うものの、いつも参考にしていたので、まさかこんなお仕事いただけるとは思っておらず。
文登:夢のような展開で双子でとても興奮して、同時に緊張もしたことを覚えています。水野さんからヘラルボニーの社員一人ひとりに向けて伝えたい想いというものも聞かせていただけませんか?
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水野:障害のある方に伴走する仕事はこれからも当然続けていかれると思うのですが、さらにヘラルボニーが世界的なブランドと肩を並べるようなブランドに成長していくという結果に想いを持たれるといいんじゃないかなと思っています。ロゴをデザインするときも、会社がどうなるかという結果を大事にしています。
もう一つ、ロゴの意味としてはブランドの原点、ポリシーも大切です。お二人ってすごく仲が良くて、愛があって、お兄さんの翔太さんも含めた3人の世界のようなものが、あのマークに描けたんじゃないかなっていうところがお気に入りポイントです。
このロゴが皆さんの仕事を通じて、世の中をさらに良くしていくっていうことに繋がることを、お祈りしております。
文登:このロゴは、私たちにとってもまさに大切な、これから一緒に歩んでいく象徴です。このロゴにふさわしい企業として、ブランドとして、異彩が当たり前に輝ける文化をつくっていきたいと思っています。ヘラルボニーが100年続く企業として社会を前進させる。そう力強く世界に向けて意思表明できる、力強く美しいロゴを作っていただいたと感謝しています。水野さん、ありがとうございました。
崇弥:いつか、「知的障害=アート」という限定された選択肢だけではなく、兄のような重度の知的障害のある人たちの言動や行動そのものが「肯定されている社会」を本気で実現させていきましょう。障害がある人たちと働くのが当たり前となる事業を、一緒に創造していきましょう。
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ー2024年3月11日
ヘラルボニーという船に乗るメンバーが集い、自分たちが掲げる新しいロゴに込められた想いやこれから目指していく未来について、水野学さんと共に語り合いました。岩手メンバーも中継で参加。
会が開かれたのは、IWAI OMOTESANDO。ここには「人生や節目を祝う場所」というコンセプトがあり、まさに新しい始まりに相応しい場所でした。
執筆:赤坂 智世/撮影:橋本 美花
編集:小野 静香(ヘラルボニー)
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